私は昔から、古いものを「ためておく」のがかなり好きな人だった。
以前、休みに入ると、みんながまず最初にすることは本やプリントをまとめて全部捨てることだったのを覚えている。あの頃は学年中の試験用紙が校舎の間を空一面に舞っていて、まるで大雪が降ったみたいで、本当に壮観だった。でも私は加わらなかった。こういうものは取っておけば、いつか何かの役に立つかもしれないって、ずっと思っていたから。
その結果、みんなと一緒に飛んでいかなかった教科書やプリントは、そのまま十数年も家にしまい込まれ、あちこちの隅を埋め尽くしていた。ちょうど手が空いて時間もあったので、私はついにそれらを徹底的に片づけることにした。
整理しているとき、真っ赤な服を一着見つけた。それは昔いちばん好きでよく着ていた一着で、洗いすぎたせいで襟元はもう色あせて白っぽくなっていた。私はそれを手に提げながら、母に話しかけた。
お母さん、これ覚えてる? 当時、私これを着るのがすごく好きだったんだよ。
母は急いで作業を続けることもせず、ただそばで私を見ながら笑っていた。母はずっと、服一着一着の由来や、そのとき私が好きだった理由を聞いてくれていた。 今振り返ると、昔の美意識はたしかにかなり幼かったと思う。でも、私が片づけながら話し、母がそばでその取りとめのない話を聞いてくれる、その感覚の中で気づいたのだ。私は自分の手で、かつて大切にしまい込んでいたあの少年時代に別れを告げているのだと。
いちばん手放しがたかったのは、あの何着かの古い制服だった。それらには、この何年もの私の軌跡が刻まれている。
- 深圳で通学していた頃の、ひと目でそれとわかる特徴的な青と白の制服。
- 中学3年で地元の学校に戻ったあとに替わった制服。
- そしてその後の高校の制服。
制服の背中や袖口には、当時自分の手で書いた言葉や、長く練習したサインが今も残っていた。時間が経ちすぎて、黒い字はもうとてもとても薄くなっていて、近づかないとはっきり読めないほどだった。その一文はこうだ。
頑張り続けよう。成功は君の次の一歩の先にある。
それは 15 年に黄山へ登ったとき、中腹で目にした言葉だった。そのときはもうへとへとで、ふと顔を上げてこの言葉を見た瞬間、すごく面白いと感じたし、とても励まされた。家に帰ってすぐ制服に書き写したのだ。今、このもうぼやけてしまった文字を見ていると、不器用だけれど真剣だった当時の自分が目の前にいるような気がする。
私はぐっと気合いを入れて、これらの古着を大きな袋いっぱいに詰め、ひとまず階下まで運んだ。
袋の口をきつく縛って持ち上げたとき、その重さは驚くほどで、ビニール袋の口が手に食い込んでひどく痛かった。 その瞬間になって初めて、私はこんなにも重たい記憶の山をずっと引きずりながら前に進んでいたのだと、はっきり実感した。服を捨てたあと、それまでぎっしり詰まっていた隅にはぽっかり空きができた。
今も私の目の前には、小学校の頃から今まで残してきた古い本の山が積まれている。それらを見ていると、当時みんなと一緒に「紙切れを捨てる」側に回らなかった自分を思い出す。
正直に言えば、胸の中のその「手放しがたさ」は少しも減っていない。ただ今の私は、ようやく思い切ってそれらに別れを告げられるようになったのだ。
字は薄れていくし、古い服は洗ううちに色あせていく。でも、服に書いたあの言葉たちは、もうずっと前に骨の髄まで染み込んでいた。
もしかすると捨てたのは古い物で、持っていくのは、かつてただひたすら前へ進んでいたあの頃の自分なのかもしれない。
ちょうど新年の時期でもあるし、これは自分にとってのひとつの「古いものを送り、新しいものを迎える」ことなのだと思う。
ここまで読んでくれたみなさんにも、新年おめでとう。みんなが身軽になって、もっと勢いよくその「次の一歩」を踏み出せますように。